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【♪あの頃は〜】

2000年卒 中澤憲之



 高経OB・OGの皆様こんにちは。私は‘00年卒業の中澤憲之と申します。大学時代は中村(彰)ゼミ所属で、体育会アメフト部に所属しておりました。その節は毎日のように泥まみれの汗臭〜いカッコで、校内をうろついてご迷惑をお掛けしました。(笑)大学生協、特に学食のおばちゃん、床を砂でジャリジャリにしてごめんなさい。ということで、それはさておき、先月担当の大舘くんが『生活苦を共にした』なんてフリをしてましたんで、その話から大学時代を思い出し、懐かしんでみたいと思います。

 セキチュー脇のニチエー(今もあるんでしょうか)。皆さん覚えていらっしゃいますか。俗にいう食料品ディスカウントスーパー。あそこだけが、ド貧乏に陥った私達の唯一の救いでした。買ったものは2人合わせて『キャベツ1玉』(陳列してある中で一番デカイやつ)と『サバの缶詰1個』の計210円。シーチキンじゃだめなんです!! サバ缶のほうが同じ105円でも量が多いんです!!『小麦粉』と『水』だけは、自宅にありましたから…。麺類でもお菓子類でも「粉ものは儲かる」なんて良く聞きますが、本当ですよ。僕らの作ったお好み焼きも、水で混ぜたらあんなに量が増えたんですから…。でも、焼く前の段階であれだけ汚い色(サバの血合いと皮で茶褐色かつ灰色)のお好み焼きの『タネ』を見たのは、あとにも先にもあの1回きりですが。結局、僕らは1週間の食費を210円で過ごしたんです。ミラクルです。今では考えられません。

 大学を卒業して、はや5年の月日が流れました。この間、久しぶりに会った僕らは品川プリンスホテルの39階で1650円のランチを食べながら、こんな話で涙流して笑ってました。結局、人の本質なんて変わらないんですかね。僕らは根っからの『貧乏ネタ』好きということで。

 それではここで、来月の担当をご紹介します。先輩方含め申し訳ございませんが、『東京在住・男』が続いたんで、そろそろ女の子にバトンタッチしたいと思います。大学ではなく、なぜか、現・松浦幸雄高崎市長の選挙事務所で衝撃の出会いを果たしたプリティーガール。我が校地域政策学部の栄えある第1期生、福岡(旧姓五十嵐)春菜さんです。